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大阪のJazz Studio"K'z"のブログ
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 今日は雨上がりに珍しいものを見ました。  83a48f03.jpg
『虹』です。
もう何年も見てませんでした。


東日本大震災を経てこれを見ると、
何だか自然が我々に見せてくれる
『希望』のような気がして、
清々しくなりました。



85952d68.jpg


よく見ると、
『虹』が二本並んでます。
かろうじて薄く右側にみえるでしょう。









この世を去ったi Macのアイ子ちゃんを、
定位置からお蔵入りさせて、あたりを整頓していたら、
10年ほど前に書かれた作文が何種類かひょっこり出てきました。

どうやら、当時15才のバカボンの宿題『400字で自己表現を!』
という課題に触発されて、では私もとばかりに挑戦した習作のようです。

かく言うワタクシ、う〜んと若かりし昔、
シナリオライター養成コースに通ったこともあるのです
・・・何か書いてみたかったのね。

そのうちの一つ、「私」という題がついてます。

 私は母である。
15才の少年の親である。
働くシングルマザーで、数々の病気を経験したにもかかわらず、
いつも不幸中の幸いという言葉で危機を回避し、
病弱という美女には
つきものの形容からはかけ離れて、丸々と福々しい。
いつも元気はつらつで憂い知らずと、他人の目には映るらしい。
実に腹立たしい。

私は教師である。
歌を教えている。
ジャズなどという外国の音楽を外国語で歌うという
非常に
困難な作業をアマチュアからプロまでに、
したり顔で指導するのだ。
いつもこれでいいのかと不安にかられる。

 私は社長である。
会社は万年赤字で経営の才に恵まれているとは到底思えぬ。

 私は歌手である。
その昔、ほんの一握りの人から支持されたことがある。

これだけの憂鬱を抱えながら、
毎日にっこり微笑むことができる私を
誰かの言葉ではないが、誉めてやりたい。

換骨奪胎全くのパクリだね。
意図して漱石の『我が輩は猫である』の文体を真似てみた〜?
こんなの書いて悦に入ってたなんて、こりゃダメだ〜!

またある時は、全日制の英語通訳コースにも通いました。
勿論仕事しながらなので、
睡眠時間をけずりました。
語学、特に英語は少女のころからの興味の対象でしたし、
一年の前期だけで辞めた大学では英文科にいました。

通訳コースの実地研修に行って、
担当の先生から通訳ガイドの報酬の額を聞いてがっかり。

こんなに勉強して、国家試験をパスして、こんなに長時間拘束されて、
そんなに安いなんて!・・・や〜めたとなった訳です。
当時歌うことでそこそこ稼いでいましたから。

それじゃあ、食えねえ!

これが一番大きな理由です。

親の扶養を離れて以来、
仕事とはそれに従事して食べられるようになることを指し、
音楽や演劇など趣味との境界線の曖昧なフィールドでも、
つまりその道で食える『プロ』になることが目標でした。

アマチュアとして音楽や演劇を楽しむという感覚は
何もできない何も知らない青二才の時から、
全くありませんでした。

それ故、いつも徹底的に自分に厳しく、
いつも自分の能力に満足できず、
その結果窒息しそうなくらい毎日が苦しくて、
私はきっとこの仕事に向いていないのだと、考え悩みました。

逃げ場のない日常に疲れ果てて、
職業を変えるべきかも!
脚本家ならどうか?通訳はどうか?
・・・なんてね。

いつも逃げ道を用意している人間に満足などあるはずがないと、
気付いたのは何度かの試行錯誤を経てからでした。
退路を絶たずに成し遂げられる道などあるはずがありません。

悩まずにすんなりその立場を受け入れられたのは、
『母』という役割でした。
いつも自分の居場所に違和感があってつらかったのに、
『母』は疑いもなく天職であると確信できました。
これは人間の本能であって、後付けの理論も理由も不必要で、
実に心が休まりました。
自分のために子供に感謝しました、
『私に居場所を与えてくれて』と。

子を持つ前は、小さな子供はうるさくて大嫌いでしたが、
自分がその立場に立つと、目線が子供の高さに下がって、
違う世界が目の前に広がりました。
物の見方は一つではないと、子供から教えられました。
『母』とは自然が授けてくれた資質ですが、
『親』とは、はじめから備わっている資格ではなく、
子を育てる過程で徐々に『親』になる資格を得ていくのだと、
肌で理解できました。
キャリアを築くというあのツライ作業に比べれば、
私にとって『母親』であることは議論の余地のない人間の本能であり、
その役割においては自分の存在理由を問いかける必要もなく、
必要とされている自分に理屈抜きで自信が持て、
はじめて一人の人間として自己を確立できたと確信できました。

そして、
人生のターニングポイントをいくつも通過した今では、
どうしてあんなにこだわって苦しんだのか、
よく思い出せません。
まじめで、一生懸命な人ほど、考えすぎるのを見て、
あ〜、若いのね、みんな同じ道をたどるのね、
そんなこと、そのうちもうどうでもいいことになるのよ、
でも自分で経験して越えて行くしかないのよね・・・と、
おばさんはつぶやくのです。

虹のあとは晴天です。         e24bdaec.jpg




 
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自己紹介:
枇杷、桃、蓬はもう一生食べられないアレルギー体質の私。
アレルゲン山ほどの世の中で、
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